どんちっちブランドの始まりから現在まで紹介されています。


池田陽子さんが魚食王国ニッポンで以下の通り紹介!



 



魚食王国ニッポン~元気をつくる「浜のめし」 池田陽子


漁獲激減でも売上維持!

アジに学ぶ値崩れしないブランドの作り方




池田陽子 [食文化ジャーナリスト/薬膳アテンダント]

【第18回】 2015年7月6日

 



 島根県西部に位置する浜田市で、山陰有数の漁獲高を誇る浜田漁港。豊かな海の幸が水揚げされていたこの漁港は、予期せぬ漁獲量の激減によって未曾有のピンチに陥った。基幹産業が水産業である浜田の町を大打撃から救うべく、誕生したのがブランドアジである「どんちっちあじ」だった。


 その摩訶不思議なネーミングなどから、仲買人から猛反発を受けたものの、どんちっちアジ普及の実動部隊「専門部会」で部会長を務める裕丸漁業生産組合専務理事・渡邉祐二さんの懸命な働きかけで、ようやく地元仲買人の協力を得られるようになった。


最初はけんもほろろ…も

不思議な名前のおかげで知名度アップへ


まるまると太った脂乗りバツグンの「どんちっちアジ」

 そんな渡邉さんが次に積極的に行ったのは、東京・築地市場へ通うことだった。限られた予算の中でどんちっちアジを広めていくには、情報の発信源である東京にPRして、その結果評価を得て、シャワー方式で全国に広げていこうと考えていたからだ。


 しかし、突然現れた「お客でもなんでもない」生産者に対し、築地の大卸は、けんもほろろの対応だった。


 けれど「『よろしくお願いします』と何度も足を運んでいるうちに『なんだか、どんちっちが熱心にやって来るな』と、だんだん対応してくださるようになりました」(渡邉さん)


 また、渡邉さんたち生産者が出向いたことは、大きな収穫につながった。


「僕たちは生産者であって、利害関係のある取引相手じゃない。だから、あえて市場の方は、いろんなことを教えてくださったたんですよ」


 渡邉さんは着荷した魚の状態について話を聞き、どんなふうに改善をするべきかを他の産地の状況も含めて教わることができた。


「産地一体で、その言葉に応える努力を続けました。鮮度管理が徹底され、継続的に安定した品質の魚が届くと信頼していただき、ほかのブランドアジと同じように扱ってもらえるようになったんです」と渡邉さん。築地では、「どんちっちアジは、はずれがない」と、みるみる評価が高まっていった。


「どんちっちアジ」の名前は次第に、メディアにも登場するようになった。「不思議な名前」だったことが逆に功を奏したのだ。


「当時はグルメ番組のはしりで、いろいろ探している製作会社の方がネットで検索して『なんなんだ、この名前は』と興味をもっていだだけました」(渡邉さん)


 なんだかおもしろそう、と取材に訪れるテレビ局も増えた。ついには「関あじと、どんちっちアジの対比」をテーマにした番組まで放映された。だんだん知名度もアップ。どんちっちアジは脂の乗り同様、「ノリにノリ」はじめた。


「どんちっちアジ」のブランドを守る

渡邉さんの“ゴッドハンド”の凄さ


「どんちっちアジ」の評価が高まったからこそ、産地では厳格なまでに管理を徹底している。


 脂質が豊富であるということは、鮮度落ちが早い、ということでもある。脂質は大変酸化しやすいため、船上では細心の鮮度管理が必要だ。


 漁獲されたアジは、海水氷を入れた魚槽に入れて、鮮度落ちを防ぐために0~5度を維持する。


「数量、天候、帰港時間応じた氷の量などの配慮が必要です」(渡邉さん)


 鮮度保持を徹底したアジは早朝から浜田漁港に水揚げされる。旬を迎えても、魚の群れによってはすべてがすべて脂質10%を超えるとは断定できない。それぞれのサイズごとにわけ、仕分けした中から、ランダムに抽出した30匹程度の脂質を計測し、その平均脂質が10%を超えたものが、どんちっちブランドとして出荷される。


島根県水産技術センターで開発された「ポータブル脂質測定器」

 ブランドのスタート当初は島根県水産技術センターにサンプルを運び、計測して結果が出るのに、まる1日もの時間を要した。


 そこで、長い計測時間をなんとかならないかとセンターに依頼して開発されたのが「ポータブル脂質測定器」。果物の糖度を測る機器を改良したもので、近赤外線が魚体内部に入り込んで脂の波長を測定し、これをもとに脂の含有量が表示される。


 魚体に押し当てることで瞬時に脂質を計測できるという画期的なマシーンだ。これで、スピーディで高精度な脂質計測が可能になった。


最もアジの脂質があるのは、腹部。しかし、どんちっちアジの脂質の計測は脂の少ない部位で行う

 最もアジの脂質があるのは、腹部だ。しかし計測はそこでは行わない。ゼイゴの上で、尻尾に近い「後背部」で行う。「あえて脂の少ない箇所で計測するようにしているんですよ」と渡邉さん。測定器を当てる箇所次第で、脂質を上げることはできる。しかし、それを行わない誠実な作業が行われている。


 さらに、それだけではない。


 脂質のチェックは機械以外でも行われる。



 渡邊さんの「ゴッドハンド」でも計測されるのだ。


ブランド立ち上げ以降、渡邉さんは計測器を右手に持ち、自分の左手でアジを握って、数値ごとのアジの触感を確かめ、手のひらにその感覚を刷り込んできた。いまや、左手はアジを触っただけで何パーセントがわかる「浜田の神の手」に進化した。


 アジを握った渡邉さんがつぶやく。「これは10ちょっとかな」。試しに測定器で測ると10.5が表示された。次に、渡邉さんは同じような大きさのアジを握った。見た目にはほとんど変わらない。「同じように見えるでしょ?」と渡邉さんが笑う。「でも、こっちは筋肉質。8%くらいだね」。測定器は8.3を示した。


 恐るべし、神の手!


「触った時のアジの硬さ、厚み、重さでだいたいわかりますね」


 そして、ひたすら渡邉さんはアジを握り続ける。測定器があるのだから、そんな必要はなさそうに思える。


 なぜか? 


 それは「どんちっちブランドに対しての厳しいまでのこだわり」からだ。


 任意抽出したサンブルの平均脂質が10%であっても、もしかしたらサンブル以外のアジの中には、もっと脂質量の低い魚が多く混じっている可能性もある。


「脂質量がおおむね7~8%あれば、十分に脂ノリのよさを感じられます。だいたいそのあたりから12~13%くらいまでは、食べたときの味わいはほぼ同じ。でもあきらかに7%を下回ると違ってきます」と渡邉さん。


「だから、その日のアジが7~13%以上なら大丈夫。どんちっちとして出荷できます」


 けれど、問題なのは「4~13%以上」だった場合だ。


「脂質含有量が低いアジを食べて『どんちっちって、この程度のものなんだ』と思われたら、もう購入してはもらえません。脂質にバラつきが多いときは、たとえサンプルの平均脂質量が10%以上あっても、どんちっちとしての出荷はキッパリ止めます。たんなる「浜田産アジ」として出荷します」


 どんちっちにすれば価格は2倍以上に跳ね上がる。


「仲買の方には渋い顔をされます(苦笑)。でもここは、生産者が主導して、品質の管理をします」


渡邉さん自身は、平均脂質を測らない。それは漁協の職員が担当する。渡邉さんはアジを触って確かめてから、結果を聞く。


「どう考えたってどんちっちにしたほうがトクだけど、それじゃ絶対ダメ。いつまでもいいね、と言っていただけるものであってこそ、どんちっちブランドとして継続できる。口コミを維持できるんです」


 渡邉さんに毎日、握るアジの数を聞いてみた。「200、300???? わからないくらい『たくさん』です」。


 サンプルが10%以上なら規格としては間違っていない。出荷しようと思えばできてしまう。でも渡邉さんの左手はどこまでも厳しい。「どんちっちブランド」の名に懸けて、そんなことは許さない。たぶん日本一アジを握る男・渡邉さんは決して「嘘をつかない」男だった。


脂質計測を終えたアジは、徹底した鮮度保持のもと出荷される

 渡邉さんがアジをひたすら、握る理由はほかにもある。その日の漁獲情報は5時半には全国には流れる。その情報から、「今日は、どんちっちアジが揚がりそうだ」と市場サイドで予測がつき、仲買人へと仕入が発注されることもある。


 しかし、測定器による脂質含有量の測定が終了するのは、セリがはじまる7時半ギリギリ直前。どんちっちか、普通のアジになるのかを、できるだけ早く渡邉さんの「触感計測」で見極めて、仲買人にその情報を伝え、セリに臨めるようにという配慮だ。


「ブランドの維持は、みんなの協力あってこそです」と渡邉さん。


「きちんと対応してくださる方には、きちんとした情報を流す。そうすればその方もきちんとした情報を返してくださる。最終的には人と人との信頼関係です。誠意のあるコミュニケーションが欠かせません。どんちっちブランドが成り立ってきたのは、生産者、仲買人、市場との円滑な結びつきがあってこそなんです」


 ゴッドハンドは「信頼関係」をつなぐためのハンド、でもあるのだ。


 また「どんちっちアジ」はトレーサビリティ向上にも努めている。出荷時には、発泡スチロールに船名シールを貼付。船名、入港時刻、漁場、サイズ、平均脂質含有量など、獲れたアジに関する情報を記載した出荷証明書も発行している。


浜田の人々の誠実さで

たんなるアジの価格まで2倍に


めし処「ぐっさん」の、どんちっちアジを使った「アジフライ」。人生において「最も美味しいアジフライ」だった

 仲買売場の2階にあるめし処「ぐっさん」で、どんちっちアジをいただいた。刺身を醤油にひたすと、脂が浮いてくる。口に入れると、とろりとした舌触り、華やかでまろやかな脂が広がる。まるで、霜降りの牛肉を味わうような贅沢な味わいだ。


 カラリと揚がったアジフライも、身はふっくら、ジューシーで旨みがいっぱい。


 心底、どんちっちアジに「とろけた」。


 かくして、どんちっちアジは、浜田に大きな利益をもたらした。その結果たるや、驚くほどの成果だ。


 どんちっちアジの年間平均単価は、平成23年度は224.8円。それが昨年には563.6円まで上昇。さらには、どんちっちにならない「たんなる浜田産アジ」の価格まで押し上げた。平成15年の年間平均単価は62.2円。それがいまや、198.2円。なんと3倍になったのだ。


「全国的にアジの価格が下落した場合でも先にハケますし、値崩れしないという底力をもった商品に成長しました」(渡邉さん)


 しかも浜田漁港全体の漁獲量は、平成17年の約2万5000トンから、昨年は約1万9300トンに下がっているにもかかわらず、水揚げ金額についていえば約57億とほとんど変わっていないのである。


 浜田の漁業に関わるすべてのひとに利益をもたらしたのだ。


 これも「浜田の誠実」あってこそ。


 だからこそ、今日も渡邉さんは港でアジを握りつづける。


どんちっちアジの干物。ジューシーすぎる!

「国内産の魚は旬の時期にはとても美味しく食べることができます。魚の優劣を競うのではなく、品質管理などを切磋琢磨して、競っていきたいですね」(渡邉さん)


 どんちっちブランドであり、今は干物が主流であるカレイの新たな試みも、これからさらに力を入れていきたいと意欲を燃やす。


 まさにいまが、どんちっちアジのシーズン。この時期には、脂質含有量が下は9%、上は17~18%までにも達する、“メタボデラックス”な、「スーパーどんちっち」が水揚げされることもあるそうだ。


 旨さの秘密は「浜田の誠実」。心のこもった脂の乗りをぜひ、味わっていただきたい。


<取材にご協力いただいたみなさま>

■浜田市/浜田の水産ブランド“どんちっち”

http://www.city.hamada.shimane.jp/www/genre/0000000000000/1000170010314/index.html


■浜田魚商協同組合

http://hama-uosyo.com/


■めし処ぐっさん

島根根県浜田市原井町3025

浜田公設水産仲買売場 2F

070-5301-3893


■島根県アンテナショップ「にほんばし島根館」にて「どんちっちアジ」の干物を販売中

http://www.shimanekan.jp/