どんちっちブランドの始まりから現在まで紹介されています。


池田陽子さんが魚食王国ニッポンで以下の通り紹介!


http://diamond.jp/articles/-/73592


漁獲量8割減の町を救った“大トロあじ”の奇跡



池田陽子 [食文化ジャーナリスト/薬膳アテンダント]

【第17回】 2015年6月22日


 

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どんちっちアジ

 日本各地のブランド魚の名前といえば、産地の名前がついていることが多い。


 ところが産地の名前がついていないばかりか、いったいなぜ? という名前がついたブランド魚がいる。


 どんちっちアジ。


 なんだかかわいらしい名前のブランドアジは、全国トップクラスの脂の乗りを誇る、「アジの大トロ」、肉でいうなら「アジの松阪牛」ともういうべき、とんでもないアジだった。


漁獲量が10年で8割強も激減!

水産の町を襲った大ピンチ


「どんちっちアジ」のふるさとは、島根県西部に位置する浜田市。山陰有数の漁獲高を誇り、国が重要漁港として指定する特定第3種漁港・浜田漁港を有する。暖かい対馬海流と島根冷水域といわれる深海の冷たく栄養に富んだ海水が混じりあい、魚のエサとなるプランクトンが多く発生する島根県西部沖で育まれた、豊かな海の幸が水揚げされている。


 ブランドアジ誕生のきっかけは、そんな浜田における未曾有のピンチ。予期せぬ「漁獲量の激減」だった。平成2年の約19万8000トンをピークに、大量に漁獲されていたイワシがパタリと獲れなくなったことからはじまって、平成13年には約3万4000トンまで激減。基幹産業が水産の町・浜田に大打撃を与えた。


 資源が枯渇するなか、魚価向上と地元水産業の活性化を目標に、全国に通用する「浜田ブランド」確立の声が上がった。


 これまで浜田ではブランド魚がないだけでなく、そもそも、その「名前」が表に出ることがなかった。


「魚そのものは高い評価を得ていたのですが、おおむね市場では『山陰産』や、『島根県産』として表示されていたんです」


 こう振り返るのは、当時、浜田市水産課課長であり、現在は浜田魚商協同組合事務局長の石井信孝さん。


 おりしも平成15年に同市で開催が予定されていた天皇皇后両陛下がご臨席される「第23回全国豊かな海づくり大会」にあたって目玉を作る意味でも、ブランド化に取り組むべく、平成14年、浜田市内の水産関係団体や、行政、試験研究機関などからなる「浜田市水産物ブランド化戦略会議」が発足した。


 戦略会議では、ブランド化を目指す魚として、浜田を代表する「アジ」、「ノドグロ」「カレイ」の3つを選んだ。


 なかでも、注目されたのが徐々に漁獲量を伸ばしていたのがアジだった。



アジは全国でも強力ライバル揃い!

差別化の切り札は「メタボ」?


アジのまき網漁を行う、裕丸漁業生産組合の船

 まずは、これをブランド化できないか。


 しかし、当時、すでに大分県の「関あじ」をはじめ、数多くのブランドアジが居並び、完璧に「後発組」。また、ブランドアジの多くが「一本釣り」など漁法に重きを置くなか、浜田では、一網打尽のまき網漁法が主流。そして他産地よりも、比較的サイズが小さかった。他産地と明確に差別化しなくてはとても太刀打ちできない。漁法でもなく重さ(サイズ)でもない強み。


 そこで切り札となったのが「脂の乗り」だった。「先発のブランドアジは、どちらかというと、脂の乗りよりも食感がウリのアジだと思いました」と石井さん。


 春から夏にかけて浜田で水揚げされるアジは、サイズが小さい段階からバツグンに脂がのって旨いということは、地元ではよく知られていた。なにせ、その「脂の乗りっぷり」を高く評価されて、沼津の加工業者から干物としての引き合いが多く、当時は「沼津のアジの開き」にバケていたくらいだ。


 でも、ただ、漠然と「脂の乗りがいい」というだけでは説得力に欠ける。


 ところが、浜田のアジが全国でもありえないくらいの「スーパーメタボ」であることが発覚した。


「島根県水産技術センター」において3年間にわたる調査の結果、「浜田のアジは4月以降、夏にかけて特異的に脂質含有量が上がる」ということが判明。浜田産アジの脂ノリは「数値としても、もの凄い」ことがわかったのだ。


とろけるような味わいの「どんちっちアジ」のお刺身

 しかも、その含有量は「全国屈指」。アジの全国平均脂質含有量が3.5%なのに対して、なんと、浜田のアジは10%以上! なかには20%を超えるものまでいるという、とんでもないミラクルな数値だったのである。


 ライバルに立ちむかうには、「スーパーメタボ」っぷりを猛烈にアピールするしかない。そのために、会議では「脂ノリ」という言葉を日本で初めて、「数値」として表示することを決定。科学的根拠に基づき、「おいしさを数値化」するという日本初の取り組みがスタートした。


 ブランドの規格基準は浜田市水産物ブランド化戦略会議に加盟した団体(まき網船団)が島根県西部沖で、まき網漁業で漁獲し、浜田漁港で水揚げした高鮮度のマアジ。そして、時期はおおむね、旬となる4~9月で、サイズが50g以上、平均脂質が10%以上に限定した。


 そしてブランド名も公募で決まった。


「どんちっちアジ」


 どんちっち……?????????


 他県の人間からはさっぱり謎だが、地元では誰もが知る言葉。石見地域で盛んな、伝統芸能である「石見神楽(いわみかぐら)」のお囃子を、子どもたちが「どんちっち」と呼ぶことから、名づけられたのだ。


 かくして、不思議な名前のブランドアジがキックオフした。


漁師の知らないところで鮮度が悪化

「生産者も流通を知らないとやっていけない」


「浜田市水産ブランド化戦略会議」は漁業生産団体や、漁協、仲買団体、加工団体、試験研究機関や行政などから成る。ここまで多岐にわたる団体が横につながること自体が珍しいことだが、あくまで基本は「生産者を主導権におく」というとスタンスでスタートした。


「生産者がきちんとしたものを出して、仲買人がそれを継続的に消費地に持って行って評価を得る。その評価は会議が持ち帰りフィードバックする。そして、みんなで利益を分かち合おうというのが、どんちっちブランドのスタンスだったんです」と石井さん。


 そして、どんちっちアジ普及の実動部隊「専門部会」の部会長に任命されたのは、生産者サイドであり、まき網漁を手掛ける、裕丸漁業生産組合専務理事・渡邉祐二さんだった。


 しかし、渡邉さんは当時、「それどころ」ではなかった。


渡邉祐二さん。大学での専攻は国際経済。南米で移民調査をしていたそう。「知らないところに飛び込んで交渉することは、このときの経験が役立ちました」

 イワシ漁獲量激減で大打撃を受けた会社の経営を維持するのに必死で、それ以外のことはまったく考えられない状況だったのだ。


「正直、なんで今、僕にこんなことをさせるんだよ、と思いました」


 そして、こうも語る。


「それに、『自分の魚』のこと以外は考えたことも、なかったです」


「水揚げした魚の値段はセリで勝手に決まるんだから、うちの魚が高く売れればそれでいい。仲買の方にわたって、『自分の魚』じゃなくなった後は、もう関係ない。流通のことも一切知らなかったし、知る必要があるとも思いませんでした」


 それまで、「自分の魚の行方」を知ろうとはしなかった渡邉さん。しかしブランドに取り組み始めたからには、消費地まで送り届けるのが自分の役目だ。そのために初めて、東京・築地市場に出かけた。


 そこで、渡邉さんは自分の魚を見て衝撃を受けた。


「なんで、こんなことになっちゃったんだ!」


「鮮度管理にあんなに気を遣って、最高のコンディションで送り出したはずの魚の状態がものすごく悪かったんです」


 いったい何が起こったんだ? 


 そのころは、浜田から送り出した魚の着荷状況を誰も確認していなかった。


 輸送時に魚にトラブルが発生したとしても「地元の仲買の方は、市場の大卸から、『今日の魚の状態は悪かった』と言われたら、『ああ、しょうがないね』という世界だったんですよね」


 そうなれば、もちろんのこと価格は下がり、翌日のセリ値に影響を及ぼす。


「僕ら生産者にはセリ値を変える術は、ないんです」


 市場で見た衝撃の事実に、渡邉さんの意識が変わった。


「自分の魚が、どこかでつまずいてしまったら、最終的に自分の魚の価格に跳ね返ってくる。これはなんとかしなくてはと思いました」


「生産者も流通を知らないと、やってはいけない」と痛感した渡邉さん。なおかつ「魚が消費地に届くまで、多くの人が関わっていることを再認識しました」と続ける。自分のことだけ考えていてはダメだ。


「魚に携わるすべての人間が、意思統一すること。それが大切だと思いました」


 そして、確信した。


「鮮度状態を最高に保って消費地に継続して送り届けられれば、どんちっちアジを、ブランドとして確立できるに違いない」


 生産者も着荷状態を知り、「自分たちもしっかりしたものを出し、仲買の方にもしっかりとした鮮度管理で出していただく。そうすれば、みんなの利益になる、と思ったんです」


生産者と仲買人の埋められない溝を埋めた

渡邉さんの決意とは…


 とはいえ、「高く買ってほしい生産者」と「安く買って高く売りたい仲買人」が一丸になるのは簡単なことではなかった。


 当初、地元の仲買人たちは、どんちっちアジのブランド化を「そんなことをしたって売れるわけない」と一蹴。「これまで自分たちで企業努力をしてこの結果。いきなり値段が上がるわけなんてない」という反発がほとんどだった。


そのうえ「どんちっち」という名前そのものも、大不評。「生産者と行政は、どんちっち推し」だったが、仲買人たちには「そんなお菓子みたいな名前をつけるなんて」と言われるばかりか「そんなヘンな名前をつけたら売れなくなる」と営業妨害扱いされるありさま。


「『こんな名前じゃ市場に出さない』と言う方もけっこうおられました」(渡邉さん)


 渡邉さんもかつては「仲買の方は、自分の魚を安く買って、高く売る人だと思っていた(苦笑)」という。港ではキロ50円だった魚が、道路を挟んだ向かい側にある仲買売場では300円、400円になったりする。


「なんだか腹立たしくて近寄りもしませんでした」


 しかし、築地での経験を胸に、やるしかないと覚悟を決めていた渡辺さん。


 初めて、港から仲買人のもとへ、道路を「決意の横断」。


 仲買人のもとへ「お願い行脚」に向かった。


「最初はとにかく『お願いします』の連発です。ブランドにするからお願いします、段取りしますからお願いします、お願いしますから、どんちっちアジで出してくださいとかお願いごとばかり(笑)。最初は大変でした」


 そのうち協力に応じる仲買人がひとり、ふたり、と増えていった。およそ3年がかりで発送ケースに「どんちっちアジ」のブランドシールを貼って出荷してくれる人がほとんどになった。


 さて、地元の協力を受けられるようになってから、どう全国区へと羽ばたくブランドに発展させていったのか。続きは後編で。


【後編に続く】※後編は7月6日公開予定です。


<取材にご協力いただいたみなさま>

■浜田市/浜田の水産ブランド“どんちっち”

http://www.city.hamada.shimane.jp/www/genre/0000000000000/1000170010314/index.html


■浜田魚商協同組合

http://hama-uosyo.com/


■ぐっさん

島根根県浜田市原井町3025

浜田公設水産仲買売場 2F

070-5301-3893


■島根県アンテナショップ「にほんばし島根館」にて「どんちっちアジ」の干物を販売中

http://www.shimanekan.jp/